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黒沢健一

黒沢健一(ソロ)のディスクレビュー。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

WONDERING

WONDERING1st Single / 1998.6.3 / PCDA-01067

待望のソロ第1弾シングル。

01. WONDERING

黒沢健一ソロワークスを代表する名曲中の名曲。通常の歌声とファルセットとの境界線を彼は無意識下の感覚として捉えている。それゆえ、これほどまでに豊かな表現力を持って情感を綴ることができるのだ。初ソロへの新鮮な意欲と熟練の技のバランスも見事で、まるで極上の宝石のような美しさ。

02. STAGE FRIGHT

イントロのカウントからも、肩の力が抜けたセッション風景を想像させる。リズム、コーラスにはTHE WHO「MAGIC BUS」からの引用も見られる。いい加減に弾かれる間奏パートがこれまたユーモラス。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

Rock'n Roll

Rock'n Roll2nd Single / 1998.8.19 / PCCA-01220

衝撃のソロ第2弾シングル。カップリングに収められた愛情たっぷりのカバー曲群も興味深い。

01. Rock'n Roll

衝撃の名曲である。イントロを転がるピアノの旋律をぶち壊すのは、むき出しに尖った音・音・音のスリリングな応酬だ。正気と狂気の狭間を加速する演奏を横目に、冷たく光るナイフのような醒めた眼差しで歌い続けるボーカルに、底知れぬ恐ろしさを感じる。この内的な衝動の強さは、彼がどうしようもない生まれつきのミュージシャンであることを超然と示した。名古屋イベントにて披露された激烈なアコースティック・バージョンは、ファンにとっては忘れることができない名演であった。アナログ盤「first」には、[English version]を収録。

02. The Ugly Things

オリジナルは、Nick Loweが在籍していた事でも知られるBrinsley Schwarz。1975年の傑作アルバム「THE NEW FAVOURITES OF...」に収録された名曲。原曲と遜色のない素晴らしいカバーである。アレンジも忠実。トラックタイムは、オリジナル=2:49。黒沢健一=2:52。

03. Whenever You're Ready

オリジナルは、The Zombies。1966年のシングル(全米チャート110位)をセレクト。“感覚と本能”でロックを知り尽くした彼だからこそ自らの楽曲に先人たちのエッセンスを溶け込ませ、ここまで違和感を感じさせないカバーができるのであろう。トラックタイムは、オリジナル=2:44。黒沢健一=2:47。

04. Didn't Want To Have To Do It

オリジナルは、The Lovin' Spoonful。1966年の名作「DAYDREAM」の収録曲である。同アルバムからあえて“Daydream”や“Jug Band Music”を選ばないところが渋い。オリジナル曲が持っていた外界を遮断する神秘性と静謐さを、卓越した表現力で見事に再現した出色のカバーに仕上がっている。トラックタイムは、オリジナル=2:38。黒沢健一=2:40。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

first

first1st Album / 1998.9.18 / PCCA-01228

不世出のメロディメイカー黒沢健一の1stソロアルバム。アルバム全編を覆うブリティッシュ・トラッドな佇まいがピンと張りつめた冷たい空気を想像させ、リスナーの襟を正させるかのような緊張感を生む。黒沢健一ならではのポップ性と、シンガーソングライターとしてのナイーブな側面が絶妙に交差した世紀の名盤。

01. Oh Why

遠くから微かに聞こえてくるドラムの音と冷気が、静かにアルバムの始まりを告げる。繊細で美しいファルセットと幾重にも重ねられたコーラスが、リスナーの心を優しく解きほぐしていく。曲後半に聞こえる鐘の響きの、なんと荘厳なことよ。

02. Rock'n Roll

→シングル「Rock'n Roll」の項を参照

03. Round Wound

“Honky Cat”に代表される初期Elton Johnを彷彿とさせるホンキー・トンクなピアノサウンドの上に、エモーショナルな健一のボーカルがメロディを置いていく。「いつもすぐに駆け抜ける日々に」と、仄かな哀愁を湛えた伸びやかなメロディが、聴き手の眼前に鮮やかな光彩を伝えていくような心地よさ。

04. Love Love

キラキラと音の粒が舞い降りて、スネア一発。めくるめく愉悦の世界へようこそ。アルバム全編を貫く凛とした空気の中では異色な、華やかなトーンに彩られた名曲。ポピュラリティを感じさせる小気味良い展開が痛快。アナログ盤「first」には、[Rough Mix]を収録。

05. Mad Man Across The Water

デビューから活動休止までポップ・バンドとしての機能が低下することは一切なかったL⇔Rだが、あまりにその器が大きくなりすぎた。換言すれば「どんな音であってもL⇔R」といった状況が成立してしまっていた。だからこそ“アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック”のような実験性ですら、L⇔Rというイメージの中に飲み込まれてしまったのである。黒沢健一がL⇔Rという場でリアルな個人を表現することは、すでに困難になっていた。このしっとりと歌われる叙情的な名曲からは、L⇔Rというレッテルを思慮深く退け、自己の内側を透明な視線で見つめた“黒沢健一”という一人のミュージシャンの姿が、強烈に浮き出している。プロモ盤「Kenichi Kurosawa Sampler II」には、[English version]を収録。

06. Easy Romances

おなじみのBrian Peckによる全英語詞。英語曲を歌う彼はこの曲に代表されるように、より一層豊潤で色気のあるボーカルを聴かせてくれる。その天才的なメロディセンスは言うに及ばず、オープニングから印象的なフレーズを奏でる黒沢健一本人によるハーモニカ、コーラスの後方で控えめにフレーズを奏でるピアノ等、細部にわたるアレンジの素晴らしさも特筆すべきだろう。

07. Morning Sun

語りかけるような優しいボーカルが印象的なアコースティック・ナンバー。下敷きにしているのはNRBQの「I Love Her She Loves Me」であろう。前述の名古屋イベントで初めてライブ演奏され、シンプルにアコギ一本で歌われることでさらに深みを増したボーカルに誰もが息を飲んだ。アナログ盤「first」には、[Alternate Mix]を収録。

08. Wondering

→シングル「WONDERING」の項を参照

09. FAR EAST NETWORK

着目すべきは、細やかな感性で配置された重厚なコーラスワーク。シンコペーションを効果的に使いリズムに変化を持たせたサビでも、たたみかけるように覆い被さってくる圧倒的なコーラス。彼の脳に直接電極をつないでそれを具現化してみたら、こういった音が鳴っていたということがすごい。Marshall Crenshawの“Our Town”、The Semanticsの“Average American”のメロディをヒントにしながら、有無を言わせず聴き手を引き込む求心力と、躍動する生命力に満ちた名曲である。

10. Really I Wanna Know

流麗なメロディラインにファルセットが絡む。この滑らかさが実に心地よい。間奏とエンディングのフルートも、楽曲の叙情性を高める上で効果的に機能している。絶妙の構成美。

11. Rock'n Roll (reprise)

このようにリプライズを用いた構成は、L⇔R時代の「LAUGH+ROUGH」以来の黒沢健一お得意の手法。スペイシーなキーボードの音が印象的である。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

first (Limited Analog)

first (Limited Analog)1st Analog / 1998.11.18 / PCJA-00039

バージョン違い、ミックス違い収録の限定アナログ盤。往年の国内盤レコードデザインを模した帯が、なんとも味わい深い。ジャケット写真もCDとは微妙に異なり、顔がやや右向き。これは宣材ポスターの写真を実物大でカットしたものと思われる。山崎洋一郎氏の寄稿や黒沢健一本人による全曲コメント等、ライナーノーツも非常に充実しており、たとえ再生機器がなくとも、ファンなら「モノ」として手元に置いておきたい逸品である。

■SIDE-A

01. Oh Why

02. Rock'n Roll (English version)

このかっこよさは実際に聴いていただかないと伝わらない。本来この曲は英語で歌われることを想定して作られたのではないかと思わせる程、違和感なくメロディに歌詞が溶け込んでいる。もちろんこの曲の衝撃性は些かも揺るがない。

03. Round Wound

04. Love Love (Rough Mix)

CD収録のオリジナルバージョンとの主な相違点は以下の通り。詳細についてはバージョン違い検証コンテンツを参照のこと。
・イントロのキラキラ音
・「誰もが持ち出す~」部分のキーボードSEの定位と音量
・「一番大事な~」部分のキーボード下降フレーズの定位と音量
・「I Love You,Love You,Love You~」後のキーボード下降フレーズの定位と音量
・「ウソをちょっと覚えて~」部分のピアノフレーズの有無
・「心は空にして~」部分のブラス音の有無

05. Mad Man Across The Water


■SIDE-B

01. Easy Romances

02. Morning Sun (Alternate Mix)

ジャケットの曲目には、別Mixの表記なし。CD収録のオリジナルバージョンと違い、コーラスが挿入されない。

03. Wondering

04. FAR EAST NETWORK

05. Really I Wanna Know

06. Rock'n Roll (reprise)


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

This Song

This Song3rd Single / 1999.6.2 / PCDA-01168

入魂のソロ第3弾シングル。アルバム未収録。トラック01と02は、日本テレビ系ドラマ「ロマンス」挿入曲。

01. This Song (Original Sound Track)

黒沢健一に底流するロマンチシズムを描き出した名曲。それは決してお仕着せでなく、「first」の時期を経てより純化された彼のパーソナルそのものである。またこの楽曲はどのアルバムとも握手しないことによって、単独の屹立した世界観を維持しているように思う。世の中には、外部と積極的に接触することで内部をより押し広げようとする楽曲と、あえて外部と接触させないことで内側の純粋さを高めようと試みる楽曲があるが、「This Song」は明らかに後者の性格を持っている。「アルバムの中の1曲」になってしまうべきではない名曲。

02. Free Bird

当初の予定では「Blue Bird」というタイトルだったが、ドラマスポンサーの関係上「Free Bird」に変更となった。女性コーラスがどこか陽気なR&Bっぽい味わいを生み出している。

03. This Song (Loud Cut)

トラック1のバージョン違い。ダブルボーカルで声の響きが豊かになり、楽器の音も鋭角な部分が削られた。全体的に音に丸みがかかったような柔らかい手触りに仕上がっている。曲ラストのリフレインでは「いつでもそしていまでも」と重なる「今すぐに」部分が歌われず、「~消えてゆく」から歌われる。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

B

B2nd Album / 2001.3.14 / PCCA-01513

ゲーテは言った。「虹だって15分も続いたら人はもう見向かない」と。予定調和の拒否。黒沢健一の眼差しはすでに「first」とは違うベクトルに向いていた。前作で感じられたスマートかつ高貴な美しさは影を潜め、全体的にざらついた音像でまとめられたソロ2作目。ともするとそのラフな音の作りに、チープな感触を残す聴き手も多いかもしれない。しかし、その背後に流れるメロディは洗練されていると同時に深みを増している。ミュージシャン黒沢健一としての気概が強く脈打っているのだ。聴く者を、息苦しくもジワリと圧倒する名盤である。

01. リトル・ソング

こういった名曲をサラリと書き上げてしまうところが天才が天才たる所以であろう。アコースティック・ギター一本で歌われる、わずか2分にも満たないポップ・ミュージックの持つ魔法のカタルシス。

02. スピードを上げてく

ズッシリと手応えのある演奏の間をかき分けるように迫ってくるボーカルが圧巻。安易なスタイルに絡め取られてしまうことのない黒沢健一ミュージックの安心感と、しぶとさが反映されている。

03. トーキング・ブルース

語尾を投げ捨てるようにルーズに歌うAメロ。「みんな影ではもっと怒ってるんだ」と、笑顔の裏の限りない暗部を嘆く彼の歌声は、シリアスでどこか痛々しい。しかし、その暗部をあえて歌うことでより深いコミュニケーションを成立させようとする強い意志が感じられる。壊れた感覚と毒気を独自に抽出した感覚は見事としか言いようがない。木下裕晴がベースで参加。

04. バラード

引きずるようにヘヴィなギターの上を流れるのは、あくまでしなやかで美しい黒沢健一ならではのメロディ。隠し味的に用いられたオルガンの音色が、楽曲の哀感を巧みに引き出している。

05. 遠くまで

掛け値なしの名曲である。一聴すると「きっと大丈夫さ そのうちにうまくいくよ」と肯定的意志に満ちた側面を見せてはいる。しかし、彼が心を込めて歌えば歌うほど、どうしようもなく顔をのぞかせる心の空虚はいったいどうしたことだろう。それはおそらく、時の流れの中でなんとか本当の自分自身を保っていこうとする彼の強靭な意志表示ではないだろうか。この曲は間違いなく、ソロ転向後パーソナルな面を深化させたこの時点の黒沢健一にしか作り得なかった曲だ。

06. スリー・コード

自らの混沌とした表現欲求を持て余すかのようなダルなAメロから一転、「理想的な瞬間は」以降のサビパートではグッと焦点が整理されてスマートな感触を取り戻す。そしてまた変調気味のギターリフが繰り返される。地味な曲だが、曲中に温度差を描き出す巧みな曲作りの才を感じる。

07. What You Want

これまた退廃的な曲調。しかし、この骨太な演奏と滋味に富んだタフなボーカル、泥臭い生命力に溢れたメロディの“引き技”はすでに熟練の味。

08. Good To Me

全体的に沈着した雰囲気の作品の中において、カンフル剤となるべきアッパーな名曲。コンパクトにまとめられた優れたポップ・チューンだが、なぜライブで演奏されないのかという謎はいまだ解明されず。

09. Do-Bee-Doo

抜けのよい心弾むメロディは、一度聴けば口ずさめるほどの親しみやすさ。しかし「銀色のターバン」の謎はいまだ解明されず。木下裕晴がベースで参加。

10. 視点

聴けば聴くほど、この憂いに満ちた哀愁のメロディが心に染み渡る。その静的な美しさと、そこから沸き上がってくるエモーションという鮮やかな対比が素晴らしい。サビパートにさりげなく加えられた多重録音のコーラスが、サウンドに拡がりと奥行きを持たせている。

11. どこかにある場所

凛々しくもどこかやるせない響きを持った黒沢健一の歌声は、まるでタフな時代に一筋の希望の光を当てるかのようにサウンドに溶け入っていく。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

PALE ALE

PALE ALE4th Single / 2001.11.21 / PCCA-01597

激情のソロ第4弾シングル。トラック01はOVAアニメ「HUNTER×HUNTER」オープニング、トラック02はエンディングテーマ。初回盤のCD帯はシール仕様。

01. PALE ALE

荒々しい残響の向こうにあるのは、ひたすら無駄をそぎ落としたシャープなメロディと、意図的に排除された叙情性である。だからこそ、この曲は1本のエレキ・ギターと「声」だけで、焦げつくほどに暴発的なエネルギーを生み出すことができた。天才が示した一流の芸術的ジャンク。

02. Carry On

L⇔Rの“COUCH”に似た質感を持つ佳曲。このようなレイドバックした曲を歌う彼も味わい深い。

03. Rock'n Roll (LIVE)

黒沢健一初の全国ツアー「B-Me」、渋谷クラブクアトロ公演からのライブ音源。イントロのピアノが流れ出した途端、叫びにも近い歓声がオーディエンスから上がる。ライブでもこの曲の持つ狂気はいささかもオミットされることなく、鋭利なナイフのような鋭い光を放っている。

04. Round Wound (LIVE)

同じく「B-Me」ツアー、心斎橋クラブクアトロ公演の音源。ライブ・バージョンでは、心躍るピアノのイントロが加えられる。さすがに4年間のブランクのためか、曲後半では彼のボーカルもピッチが不安定になり、かなり苦しそうである。だが、曲本来の魅力はこのライブ・バージョンにおいてさらに増幅しているのだからすごい。演奏終了後、「今日は本当にどうもありがとう」という黒沢健一の声が微かに聞き取れる。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002

NEW VOICES

NEW VOICES3rd Album / 2002.4.17 / PCCA-01683

黒沢健一とは“破壊”と“建設”の共存という、ある種のパラドックスを抱えたミュージシャンなのである。しかし彼の天才たる所以は、それらの対立する要素が映じ合うことで相互の必要性がより明確になっている点だ。彼の生み出す音楽が決して陳腐化しない理由はそこにある。前作「B」の閉塞感をぶち破り、さらなる深化を遂げた渾身のソロ最高傑作。

01. CHEWING GUM

虚空の空間を引き裂く、鋭く激しいギターの音と迫真のビート。しかし、あくまで主役はそのノイジーな中を浮遊する美しく実に心地よいメロディである。前作では意図的に抑えられていたと思われるファルセットがふんだんに聴けるのも嬉しい。“LAZY”や“HAZY”といった韻の使い方も彼らしくて面白い。

02. ALL I WANT IS YOU

息を吸い込むブレス音から始まるギターレスの名曲。「理屈はいらないよ 君ひとりだけでいい」という幸福感を素直にさらした表現ですらナチュラルに響かせてしまうほど、この楽曲は率直で、雄弁で、ナイーブで、そしてマジカルなのである。黒沢健一がボーカリストとしていかに天才的な能力を持っているかは、この1曲を聴けばわかる。甘くメランコリーで繊細な歌声。「NEW VOICES」は“声”のアルバムなのである。間奏のハンドクラップは、ライブの一体感を生み出す“小道具”としてすっかりおなじみ。

03. NEW WAYS TO SEE THE WORLD

ギターがグゥンと唸ると、それに続いて躍動するリフが叩きつけられ、歌メロが疾走する。サビでは一転、胸を締めつける開放的で伸びやかなファルセットが大海原を駆け抜ける。才気を感じさせるAメロの多重コーラス、隠し味として加えられたアコースティック・ギターも絶妙。黒沢健一ロック・チューン最高傑作のひとつ。

04. (YOU DON'T NEED) NOTHIN' TO BE FREE

包み込まれるように歌われるボーカルの心地よさにサラリと聞き流してしまいそうになるが、端正なメロディにはしっとりと哀感が漂う。このあっさりとしたニュアンスこそ、ポップス・マエストロたる黒沢健一が築き上げてきた側面のひとつ、“行間で語る”味わい。

05. SHORT CUT

クレジットを見て驚いた。エレキギターがないのだ。それなのに、これほどラフでノイジーな音像を作り出した高いアレンジ力には舌を巻く。もちろんそれは、黒沢健一というミュージシャンの妥協無きひたむきな歌声があってこそのダイナミズム。

06. TRASH

天衣無縫に漂うファルセット。縦横無尽に舞う気品ある美しいメロディ。孤高の天才が解き放つ、言語を失する名曲である。

07. HANG GLIDER

外に向けてエネルギーを放出したときの彼の声は、どんなに堅強な演奏のなかにあっても決して埋もれない。この曲では、むしろそのパワフルな音圧と有機的に絡み合いつつ駆け抜けるタフな歌声がすごい。しかし、クライマックスはなんと言っても間奏パートであろう。Beach Boys風コーラスに続いては、Ventures風ギターフレーズの応酬。この閃きに満ちたサウンド・コラージュ的志向こそ、L⇔R時代から脈打つ彼の真骨頂である。しかしその多彩なアレンジゆえか、ライブではこのアルバムから披露されていない唯一の楽曲となってしまった。

08. PALE ALE

→シングル「PALE ALE」の項を参照

09. SPEAK EAZY

ジャジーな雰囲気の、なんとも魅惑的な曲。この湿ったメロディからゆっくりとにじみ出す“泣き”の情感こそ、まさに入神の極み。

10. NEW WAYS TO SEE THE WORLD (part.II)

これまたお馴染みのリプライズ。枯淡シンプルとしたメロディは、次曲への最良の露払いとなる。

11. SHADOW STABBING

「ポップスは短くなくちゃ!」と、某番組内でオセロケッツ森山公一とガッチリ握手を交わした黒沢健一にとって、この曲の7分弱というトラックタイムは奇跡に近い長尺である。弾き語り形式で、このヒリヒリするような鬼気迫る空気感を生み出せるミュージシャンは貴重だ。「いつもそれはそこにあって何も変わらなくって」という旋律はあまりに切なく、落涙を誘う。しかし「朝暗い内から飛び起きて」以降は熱を帯び、静から動へとダイナミックな展開を見せる。漏れ聞こえる軋み音の中、やがて再び「静」を取り戻し、この名曲は荒涼とした余韻を残して終わる。名古屋公演では演奏が止まるハプニングの後で“This Song”が演奏されたり、仙台公演では曲途中でギターのチューニングが狂い、神懸り的なアカペラで最後まで歌い切ったという。名曲からは、いつだって伝説が生まれる。


REVIEW::黒沢健一 | 1998-2002