:: びっくり日記

Scene39 / Love Hurts 雑感

2007.12.19

▽Scene39
今月配信された新曲4曲(+Podcast2曲)の中で、この「Scene39」がもっとも明快なポップスらしいポップスであるという印象を受けた。イントロのアレンジなどは俗化するぎりぎり手前の危うさを抱えているという気もするが、全体的にはいい意味でルーズというか、リラックスした作風になっていて、肩の力を抜いて気楽に聴ける。しかし何度も繰り返し聴くうちに、軽やかに弾む豊かなメロディが時間の節目を解きほぐし、揉みほぐし、過去も現在(まさにScene39)も呑み込んで消化して、ひとつの柔らかい流動物となって流れ出てくることに気付かされる。そして、そこにも黒沢健一の迷宮が存在していることを知り狼狽してしまう。つまり、ポップスに対峙するとき、またポップスを「実現」しようとしているときの彼の眼差しは(それがたとえ無意識下にあったとしても)意図的であり、方法的であり、野心的なのであろう。黒沢健一の作り出す音楽は、もちろん表現・手法・技術の関係が何重にも畳み込まれたものではあるが、一方ではすでにテクニックからは解放され、自由になっている。そうでなければ迷宮なんて作り得ない。余人との風格の違いを見せつけるそのセンスは高く評価されてしかるべきであると思うが、実は黒沢健一の才能をもっとも過小評価しているのは黒沢健一本人なのではないか。Scene39というステージを迎えて、彼の活動は新章に突入したといえるだろう。

▽Love Hurts
名曲。本人がすでに「DI:GA」2007年12月号のインタビュー記事で言及しているとおり、メロディの性格は多分にヨーロッパ(英国)志向であり、ギルバート・オサリバンのような、ときにポール・マッカートニーのような佇まいを見せる。もちろんそこには黒沢健一というキャリアの集積や身体性も反映されていて(TOO LONELY TO SEE!)純然たるオリジナリティーの輝きを見せている。そもそも洋楽的なスタイルをベースとして、そこに時に応じて様々な音楽要素を溶け込ませてゆくのが彼の特長であり、今作もまた「黒沢健一の正攻法」に乗っ取った黒沢健一らしい楽曲と言えるだろう。ロック・クラシックス、または過去の自作曲とある一定の距離を取りつつ、しかしそれら名曲の呼吸を「確実に」現在の息づかいとする。そして断片と断片をつきあわせ、照応させて、そこに断片を超える別の物語を複層的に沸き上がらせる。こんな芸当は黒沢健一にしかできない。


■ Scene39/黒沢健一



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