:: びっくり日記

「In touch with Hanky Panky」雑感

2009.04.16

In touch with Hanky Panky

作家の後藤明生は、なぜ小説を書くのかと問われ「小説を読んだから小説を書くのです」と答えたという。小説を音楽と読み換えてもいい。

「音楽を聴いたから音楽を作るのです」

古今東西のロックミュージックを浴びるように聴き倒し、血肉の中に継承しているハンキー・パンキーの2人は、偉大なる先達からの換骨奪胎を否定しない。ルーツを隠さない。そして、作品に内在する特性をリスナーに解釈させることによって、その作品を「外の世界」にタッチさせてしまう。つまり、黒沢兄弟が作る音楽を聴くことで、僕たちは無意識に数々のロック&ポップスに触れていることになる。この「In touch with Hanky Panky」も、方向性こそ違うが、ロック・クラシックスへの偏愛とマニアックな遊び心が通奏低音として響いているという点において、初期L⇔Rに通じる部分があるのではないだろうか。

僕自身も含めて、身勝手なファンはときに「あの頃のような曲が聴きたい」とミュージシャンを過去に縛り付けようとしてしまう。ファンは最大の味方でもあり敵でもあると言われる所以だが、ひとたびハンキー・パンキーが紡ぎ出すサウンドに耳を傾ければ、リアルタイムのファンはあの頃の<色んな欠片>を見つけ、当時を知らないファンは<繋ぐ声>を聴くことになる。そして、もしいつか「その日」がやって来るのであれば、このミニアルバムは彼らの金字塔として多くのファンから思い出されることになるだろう。

先行曲となった「The First Star~上を向いて歩こう~」と、新曲、カバー曲それぞれが埋没することのないようアルバム全体を統一感のあるサウンドにまとめあげた、パンキーこと黒沢秀樹の卓越したプロデュース手腕も特筆に値する。ジャケットとタイトルはPeter & Gordonのアルバム「In touch with Peter and Gordon」へのオマージュだ。ライナーノーツには、兄弟パンダの着ぐるみ写真が満載。パンダ版アビーロード(実際は恵比寿)といった趣きの、横断歩道を一列縦隊で渡る2人の姿も収められている。フォトグラファーはあのハービー山口氏。また、本作にもゲスト参加している仲井戸"CHABO"麗市が寄稿したエモーショナルなメッセージも必読である。

01. SUPER SONIC BOY
オリジナル新曲。オールディーズ風味の直球ロック・チューンで、一聴して僕はザ・タイガースの「シーサイド・バウンド」を思い出した。ということは同時にThe Beatlesの「I Saw Her Standing There」風でもあり、「Paperback Writer」風ということでもある。コーラスが全編に寄り添う"ハモれるロック"に仕上がっているが、言うまでもなく2人の声の親和性は抜群だ。主張するメインボーカルの上にデリケートな高音コーラスが並行するというスタイルは、まさにPeter & Gordonそのもの。エンディングは、完全にThe Zombiesの「Sticks And Stones」である。さらに、「A GO GO」「I LOVE TO JAM」など初期L⇔Rを想起させる瞬間があるのはメロディーの性格なのか、それとも「あの」ギターの音色のためか。<最低だらけの感情は/壁に食込んだ弾丸みたいさ>という一節が鮮烈な印象を残す。作詞作曲は黒沢健一。

02. FOR THE STARS
新曲なのに懐かしい。甘酸っぱいメロディーに寄り添う黒沢健一の声は驚くほど瑞々しく、またノスタルジックな輝きに満ちている。Peter & Gordonの「The World Without Love」「I Go To Pieces」、The Dave Clark Five「Because」などを下敷きとしたマージービートの郷愁に貫かれた名曲。「SUPER SONIC BOY」と同じく、作詞作曲は黒沢健一。サビのメロディーに立ち現れる哀調と、しなやかなDメロはいかにも彼らしい盤石の旋律である。「cast」vol.39掲載のインタビューによると、元々は女性シンガーに提供するためにストックされていた楽曲とのこと。黒沢健一ソロ名義でも、こういったタイプの曲をもっと聴いてみたい。

03. Hanky Panky
L⇔Rとして最後の(そして最新の)レコーディング音源となった「Slow Down」(ファンクラブ会報vol.22)は、メンバーの当時のメンタリティが色濃く投影されたもので、ロックンロールの快楽は気鬱な空気に阻まれていた。その音源と向き合うことは、同時に「現実」を受け入れることでもあり、ファンにとってヘヴィな儀式であったことは想像に難くない。しかし、あれから10年の歳月が経ち、ようやく2人の手元に研ぎ澄まされたロックンロールが帰ってきた。この「Hanky Panky」の向こうに垣間見える屈託の無さ、邪気の無さは、変節ではなく本能的回帰である。ロックマニアの激情が奔流となって溢れ出す幸福なハーモニー。そしてアウトロのアドリブパートでは、スタジオ音源でありながら、まるでデコレ村ライブの夜を思い起こさせるほどの熱量が封じ込められている。その強力な熱源になっているのは、ロック衝動のままに高いテンションで歌い倒すボーカルと、ゲスト参加したCHABOの強烈なギタープレイであろう。極度に単純化されたロックンロールだからこそ、その存在感はあまりに圧倒的。1966年に全米1位を記録したTommy James & & The Shondellsによるバージョンが最もよく知られている。

04. Coconut Grove
ジョン・セバスチャン率いるThe Lovin' Spoonfulのカバー。オリジナルは、1966年にリリースされた名盤3rd「Hums of the Lovin' Spoonful」に収録されている。「楽曲のセレクトにも彼等のセンスを感じてしまう、Yeah!」とCHABOをも唸らせる渋い選曲。まるで蜃気楼のような幻想の中で、気怠いボーカルが言いようのない憂いを見事に表現している。ドリーミーな音世界に絶妙な距離感で寄り添うCHABOのスライド、美しい音色を奏でるオートハープの細やかなアレンジも聴きどころ。The Lovin' Spoonfulといえば、黒沢健一は自身のシングル「Rock'n Roll」のカップリングで、「Coconut Grove」と同系統のレイジーな「Didn't Want To Have To Do It」を完コピしている。そして偶然の符合なのか、Roger Nichols & The Small Circle Of Friendsも両曲をカバーしているのである。The Lovin' Spoonfulには多くのヒット曲・有名曲があるにもかかわらず、彼らはあえて「隠れた名曲」と呼ばれるこれらの曲を選択したのだ。黒沢兄弟とロジャニコの個性、自己表現としての音楽のあり方を端的に示しているように思う。

05. The First Star~上を向いて歩こう~
ハンキー・パンキーの出発点。そしてコンセプト、アレンジともに徹底的に掘り下げられ、細部まで作りこまれたマニアック路線の頂点ともいうべき楽曲である。国民的スタンダードナンバーが原典であるがゆえ、カバーという行為そのものに常に空転を招く危険性が潜んでいるのだが、この「The First Star」は、おそらくかつて誰も踏み入れたことのない領域に属するものだ。イントロを聴いた瞬間、<フィル・スペクター風>というアイディアの意味が明らかになる。大衆性の獲得と引き換えに「聖域化」してしまったこの不朽の名曲を、彼らは大胆かつエレガントに根本から掘り崩し、同時代のリスナーに問い直しているのかもしれない。こうしたマニアックなフィルターを通過させることで、かつてL⇔Rが秘かに隠し持っていた「異端の夢」は、いま再び新しい世界のその先に託されたのである。



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