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健'z

ノスタルジーな音楽に耽溺するだけの、現実逃避的カバーが氾濫している。

カバーだからこそシンプルに試される自身の音楽的感性と実力。それらをさらけだす「勇気」をどれだけのミュージシャンが持っているだろう。「カバーだからお気楽テキトーに」という態度は、オリジナル楽曲に対しての愛情と敬意の欠落を聴き手に透過されてしまう。真正面から楽曲の核と向き合う健'zに、不鮮明な視点は一切なし。実力はもとより、すべてをさらけだす「勇気」に溢れている。curve509で緩急自在なロックのダイナミズムを追求する黒沢健一も確かに素晴らしい。しかし、彼の神懸かり的な歌の上手さとプロフェッショナルなスタイルを窺い知るには、健'zは絶好の機会だ。

健'zの作品は、もはや単なるお遊びユニットの域を超え、黒沢健一がボーカリストとして熟成へ至るもっとも原初的な形の記録である。


REVIEW::健'z

健'z

健'z1st Album / 2003.12.3 / DDCZ-1041

麗しの1stアルバム。ジャケットデザインは本秀康氏。紙ジャケ仕様。

01. VANILLA SKY

オリジナルに対する畏敬の念は忘れず、楽曲と真摯に向き合い、ギターと声のみという方法論で楽曲を皮膚感覚的に再構築してみせる健'z。湿性の翳りを漂わせるこの曲に、より叙情的でメランコリーな奥行きと深度を生み出した。さりげなく挿入される口笛も、楽曲の雰囲気によくマッチしている。オリジナルバージョンは、Paul McCartney。映画「Vanilla Sky」のサウンド・トラックに収録。

02. MELT AWAY

女性らしさ。誤解を恐れず言えば、この曲における黒沢健一のボーカルは女性的である。なんとメロウで官能的な声の持ち主であろう。永遠の閃光。高い緊張感。孤高。オリジナルはBrian Wilsonで、1988年の大傑作「BRIAN WILSON」に収録された。音の粒が舞い降りてくるような重厚なオリジナルに対して、彼らの演奏はシンプルそのものだが、エネルギーが奔流するエンディングの多重コーラスに涙腺が決壊。本作品のベスト・トラックに推す。

03. I JUST WASN'T MADE FOR THESE TIMES

豊かで深い誠実な歌声とギターの調べは、原曲とはまた違う世界を現出させている。オリジナルはThe Beach Boysで、1966年の歴史的名盤「PET SOUNDS」に収録。複雑に絡み合うコーラスも多重録音で見事に再現されているが、装飾過剰になる一歩手前で抑えたところがさすが。あえて聖域ともいえる「PET SOUNDS」と正面から対峙し、名曲の名を汚すことなく彼らは素晴らしい“普遍”を導き出した。

04. BABY'S REQUEST

どこか牧歌的なメロディーを口ずさむような、力強くも精神的落ち着きを感じさせるボーカルが素晴らしい。自由闊達なギターは愁いを漂わせ、聴く者の思いを遥か彼方に誘う。オリジナルはWingsで、彼らのラスト・アルバム「Back To The Egg」に収録。

05. EVERY NIGHT

深い陰影を帯びたギターのフィーリング。静かでとても強く、すべてに必然性を感じさせるボーカル。それらが調和することで、一瞬カバーであることを忘れてしまいそうなほどの明確なオリジナリティが浮き出ている。聴く者の内面にキリモミして突進してくる黒沢健一独特のビブラートが絶妙。このユニットの良さが最大限に発揮された1曲と言えるだろう。オリジナルは、Paul McCartney。1970年のソロ第1作「McCartney」に収録。

06. HEART OF COUNTRY

健'zというユニット名が成立する以前から歌われてきた、彼らの重要なレパートリーのひとつ。“よく歌う”奔放なギタープレイに自在に絡んでくる声。心浮き立つこのようなカントリー調の曲を歌う黒沢健一の伸びやかな声と細かい節回しにおける語感の使い方はまさに天性のもの。カントリー、ロック、ポップス等を自らのルーツとして体内で見事融合してしまっている彼だからこそ、全く違和感を感じさせない。無垢な音楽的冒険心。直線と曲線の絡み合い。息遣いのひとつひとつまでが美しい残り香となって、聴く者を魅了する。オリジナルは、Paul & Linda McCartney。1971年の名盤「RAM」に収録。

07. SO BAD

ファルセットの神、降臨。聴き手を包み込む、宗教的ともいえるボーカルがあまりに美しく、そして感動的だ。広がるイメージの領域に限りはない。悠久の煌き。黒沢健一はいつも歌詞本持参で健'zのステージにあがる。「歌詞本はいらないのでは?」と訊ねると、彼は照れ臭そうにこう答えた。「メロディを丁寧に追うことに集中したいから」。本気である。この曲から発せられるメロディを慈しむかのような感覚。そして厳しさ。前出の発言を裏付けるには充分すぎるくらいだ。オリジナルは、Paul McCartney。1983年の名盤「Pipes Of Peace」に収録。

08. JUNK

このアンニュイかつ儚げな曲でアルバムを終息・拡散させたことにより、寂漠とした独特の余韻を残すことになった。闇に沈み込むような重さ。この眼差し、呼吸感こそ、彼らなりのオリジナル曲に対しての決着のつけ方である。オリジナルは、Paul McCartney。1970年のソロ第1作「McCartney」に収録。自宅4トラック録音された「McCartney」の手作り感が、健'zのコンセプトと近いものを感じさせる。“Every Night”とともに、この作品からのセレクトが多いのも納得。


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